第5代会長になって
会長就任
今から16年前、2008年11月21日、有限責任中間法人日本増改築産業協会
第8期定期総会(通期27期)で私は第5代の会長に就任した。61歳の時だった。
会社の実力からすると少し恥ずかしいという気持ちはあったが、ジェルコに傾けてきた情熱と注いだエネルギー量には自負するものがあったので自然の流れに乗って会長を引き受けた。副会長に山商リフォームサービス社長の山﨑さん、仙台ライフデザイン社長で東北支部長の加賀谷さん、介護リフォームにたいへん詳しいフジックスハートフル社長の渡邊さんという強力な人達が支えてくれることになったのでとても安心だった。
私には会長に就任したらすぐにやりたいと思っていたことが2つあった。
ひとつは会員であることのメリットを明確にし、且つ高めること、もう一つは安定した黒字体質にすることであった。
会員重視の活動に軸足移す
山口前会長が質の向上に大変な尽力をしてくれた後、私はジェルコに属していることのメリットを明確にし、且つ高める必要があると感じた。ジェルコは設立から長い年月が経っているので、その流れに何となく乗っているだけの会員も多いと感じていたし、何のメリットがあるのかなどという声も聞くようになっていた。そこで中長期戦略会議を作り委員を集め議論を重ねた。その結果、会員重視の活動に軸足を移すことになった。当然のことながら会の趣旨には第一に消費者の利益を考えるという趣旨が掲げてある。しかし現実問題として会員がジェルコに入っているメリットを充分に感じないなら、会の趣旨に力強く取り組む気持ちは弱まってしまう。まずはここにメスを入れることが必要だ!!と言う考え方である。これを基に様々な事業を展開していくことになった。総会でそのことを発表すると、一部から反発も出たが内心はやってよかったと思った、と同時に会の本分を忘れるなと言う叱責を会員から頂けたことはありがたいものだと感じた。
安定した黒字体質
これはそれほど難しい仕事ではなかった。支出をじっくり眺めていると、節約できることも多かった。それに加えて事業は必ず利益を出すという方針を強く打ち出し各支部にも伝えた。この2つだけで安定した黒字体質になった。
東日本大震災
会長2期目に選出された翌年の2011年3月11日14時46分に大地震が発生した。未曾有の大災害をもたらした東日本大震災である。その直後3月15.16日に名古屋で開催の全国実践研究会と本部役員会に向かう時のことである。西武池袋線武蔵藤沢駅で午後3時頃、電車を待っていると「本日の上り電車は次の電車が最終になります」というアナウンスを聞き不安がよぎった。名古屋に行く途中で大きな余震があるかも知れないという恐怖感である。その予感は当たり、一日目が終わった夜、ホテルでドキッとするほどの揺れに襲われた。
余震は思いもかけない大きさになることがあると聞いていたので、明日の会議は早めに終わらせようと思いながらベッドに横になった。
特に関東以北の人達は、いざという時にすぐ動ける体制にしておく必要があると思った。翌日役員会開始直後、私はまずそのことを提案し正午には終わりにして解散することになった。
この日の役員会では、特に被災地に対してジェルコとして何をやるかについて議論を進めた。主な決定事項は①被災会員に一社10万円の見舞金を出す。②義援金の専用口座を設置し、直ちに被災者支援のための募金を開始する。
その後、募金は多くの会員の力強い協力により500万円近くが寄せられた。現金を持ち会長と副会長で手分けして被災地数か所に直接届けた。また、これとは別に各支部でも現地に行って支援活動をするとか、支援物資をトラックに積み届けるなど積極的な支援活動が行われた。
経済産業省渡邊宏課長他当社視察
2010年5月21日、経済産業省から渡邊宏課長が部下3人の方と当社視察にお見えになった。所沢店から始まりショールーム、本社の3拠点を見て頂いた。特に最後の本社では2時間の長きに渡り様々なご質問に答えたり意見交換したりご指導を頂いた。私と専務が対応し自社のことよりも、広くジェルコ会員の状況を話題にするよう努めた。
その後、渡邊課長は審議官に昇進されたが、ある時、用事があり経済産業省に行った時、担当者から、「今、渡邊審議官は在籍していますが連絡しましょうか」とたいへん丁寧なことばをかけられたことが強く印象に残っている。それだけジェルコは重要視されていると感じた。
今後の展望
ジェルコリポート40周年記念特集号にも書いたが、これからの住宅業界は、リフォーム事業を充分に経験したジェルコ会員各社が、組織拡大や性能向上、建て替え新築に取り組む等、更に上を目指した時に業界のリーダーシップを取っていくような気がする。その理由は生活者の気持ちを細かい点まで理解できていることと、リピートが継続して発生しOB顧客の蓄積が経営の安定につながっているからである。
私個人については総合設備工事会社からスタートし、住宅中心の水道事業者、リフォーム会社へと事業転換してきたが、住宅リフォームに取り組んだことが人生そのものを飛躍的に楽しく充実したものにしてくれた。ジェルコでの活動は今まで記述してきた通り、言うまでもなく事業の巾としても現在は耐震等級3、断熱等級6、C値0.6などの建て替え新築もできるようになり、修理から通常リフォーム、リノベーション、建て替え新築まで、住宅に関することなら営業地域のお客様のほとんどのご要望に何でも応えられようになった。その蓄積から
将来アイライフの社長を退いた後は、新しい会社を設立し生涯現役でできる事業を始める考えだ。繰り返し申し上げるがリフォーム事業に参入したことが私の人生を限りなく豊かにしてくれた。それはジェルコ入会により始まった。ジェルコとすべての関連団体の皆様には感謝してもし切れない程感謝している。
これで4回に渡り私の通って来た時代の、ジェルコの履歴書記述を完了するが、最後までつたない文章を読んで頂きありがとうございました。